式内 玖潭(くたみ)神社
概 要
社号 式内社 出雲国楯縫郡(タテヌヒ):9座(並小)玖潭郷 玖潭神社
読み:くたみ
江戸時代は「五社大明神」と称していた
所在地 島根県出雲市久多見町301
旧地名 出雲国楯縫郡(タテヌヒ):9座(並小)
御祭神
大穴牟遲大神(おおなむちのおおかみ=大己貴命)
合祀
正哉吾勝勝速日天忍穗耳命 天穗日命 天津彦根命 活津彦根命
熊野杼樟日命 多紀理比賣命 市寸嶋比賣命 田寸津比賣命 闇淤加美命
例祭日 5月3日 例大祭
社格等
『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国:187座 大2小185
楯縫郡(タテヌヒ):9座(並小)(タテヌヒ):9座(並小)
『出雲国風土記』「久多美社」
近代社格制度 旧郷社
創建 年代不詳
本殿様式 大社造変態 銅板葺
境内摂末社(祭神)
金比羅神社・八坂神社・若宮神社
一口メモ
出雲の地名も難解なものが多いが、玖潭が読めなかった。久多見町の通り「くたみ」と読む。しかし、それは古い日本語や神社の由来がそのまま残っているということで、調べるのには楽しいといえる。
歴史・由緒等
玖潭神社
祭神 大穴牟遅大神
延喜式神名帳に出雲国楯縫郡(タテヌヒ):9座(並小)玖潭神社とある式内社で往古玖潭の総氏神であったと伝える。風土記の玖潭の郷の條に「郡家の正西五里二百歩なり所造天下大神明の■■田の御倉造の給わむところ造り給いき 久多美乃山と詔り給いき故恵美と・・神亀三年・・・字を玖潭と改む」とある蓋し天下造らしむ大神とは当神社の祭神大穴牟遅命のことである本社は現在の社地を20町余り(約2.2Km)北方城山要害平という山頂にあったが明応5年(1496)秋回録の災に罹り社殿悉皆焼失しその際御神体は西方に巨巌上に鎮座ましましたが之を貴女社(現在の荒神広にあった社)に奉遷し更に久多美社(五社明神)を合祀し玖潭神社として新に社殿を築き現在地に遷し奉った
維昭和48年8月出雲大社教
久多見講社開講80周年記念祭の砌-『社頭掲示板』より-
境内・社叢
鳥居
社頭掲示板
拝殿 拝殿扁額
本殿
境内社
地名・地誌
久多見
旧字体は社号の玖潭
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